体で学ぼう!

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なぜ自分で自分をくすぐっても、くすぐったく感じないのか

くすぐりの不思議

他人に体をくすぐられたら、笑い転げてしまうくらいにくすぐったいのに、
どうして自分で自分をくすぐっても、そこまでくすぐったく感じないのでしょうか?
今回はくすぐりの不思議について見ていきましょう。
目次

くすぐったさを予測する脳

自分で自分をくすぐっている時よりも、他人にくすぐられている時の方が、
脳の体性感覚野という部分の活動が活発になります。
体性感覚野は触感や接触、温度、圧力など体表に与えられた刺激に反応する部位です。
それらの感覚は体性感覚野のニューロンの活動によってつくりあげられると言われています。

さて、では何故、自分と他人のくすぐりとで体性感覚野の反応は変わってしまうのでしょうか。
それは、自分で自分をくすぐっている時、脳はその運動の指令に元づいて、
あらかじめ、どれくらいくすぐったいかを予測しているからです。
実際のくすぐったさが予測によって相殺されることにより、
神経興奮が抑えられ、自分でくすぐっても、くすぐったさをあまり感じなくなります。
一方、他人にくすぐられている時は、どれくらいくすぐったいのかを
あらかじめ予測することができないので、その分、体性感覚野の活動が強まり、
くすぐったく感じる、という風に考えられています。
つまり自分でくすぐっている時は感覚が予測できるために、その分、脳の反応が抑制され、
他人にくすぐられている時は、その感覚を前もって予測できないために、
脳が強く反応してしまっているということですね。
私達は同じ程度の刺激を受けたとしても、状況によって引き起こされる感覚が変わってしまうのです。

くすぐったさは防御反応を引き出している!?

なぜ私達はくすぐったいとおかしく感じる必要があったのでしょうか。
これには諸説あるのですが、今回はその中の面白い説を1つをご紹介いたします。
それはこういったものです。
くすぐったさを感じる部分は、首筋や脇、膝の裏側など、人の急所となる部分に多くあります。
そのため、それらの部分をくすぐられると「危険が迫っている」と
自立神経が過剰に反応することで笑いとなって表面に現れます。
親、兄弟、友人、恋人などのくすぐっている人は、その様子を見て
「笑っているから、もっとくすぐっていいんだ」と判断し、更にくすぐります。
それに対し、くすぐられている方は身をよじらせて急所をかばおうとします。
その一連の流れの中で、人は急所を守る術を学んでいるのではないか、
というのが、この説です。
もし、くすぐっても笑わないのであれば相手はくすぐるのをやめてしまうので
身を守る訓練ができなくなってしまう、といった理屈です。
その説が事実であるのかは分かりませんが、
人は触れ合うことで様々なことを学んでいるのは確かだと思います。
「くすぐる・くすぐったい」という行動や感覚については、いまだに謎が多いのです。

ネズミもくすぐられると喜ぶ

くすぐられて笑うのは、何も人に限ったことではありません。
ネズミもくすぐると笑うような反応を見せます。
ネズミは笑う時、人間には聞こえない超音波を発するのですが、
くすぐると、ポジティブな感情を示す音を出します。
更にくすぐられることに楽しさを覚えたネズミは、
くすぐる手を追いかけたり、飛び跳ねたりして喜びます。
この時、体性感覚野の対応部位のニューロンの多くに活発な活動が見られています(一部に抑制が見られる)。
さらに面白いことに、ネズミが手を追いかけている、直接手で触れていない時であっても
体性感覚野の反応に同様のものが見られるのです。

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ネズミもくすぐられると笑う
また、夜行性であるネズミに強い光を当てたり、狭く高い足場に置き、
精神的に不安な状態にさせておいて、くすぐると、笑い声はあまり発しません。
体性感覚野においても、通常のくすぐりの状態に比べて興奮が見られません。
このことから気分によって体性感覚野の活動は左右される、ということが考えられます。
私達だって不安な時は、いつものようには感じたり笑うことは出来ませんよね。


さて、今回はくすぐりに関するお話を見ていきました。
感覚というものは、例え同じ刺激であったとしても
条件によって全く違うものに変わっていってしまいます。
私達の感覚はこの世界の中で常に揺らいでいます。
それは、とても不思議で面白いことだと私は思います。